はじめに:「当たり前」ができない中で、人生を切り開く

ご飯を食べること。
トイレに行くこと。
朝、自分で起きること。

私たちが何気なく毎日行っている「当たり前」の行動。

しかし、世の中には一人ではこうした「当たり前」ができない人たちがいます。

脊髄性筋萎縮症(SMA)という難病を抱えながら、24時間の介護を受けて生活する人たち。

それでも彼らは、「一人では生活できない」という現実を受け入れながら、自分の人生を自分で変えてきたのです。

本記事では、SMAと共に生きる二人の若き起業家、山﨑真斗さん(23歳) と 青木敬也さん(28歳) の生き方を紹介します。

二人の共通点は:

  • 脊髄性筋萎縮症(SMA)という10万人に1人の難病と共に生きている
  • 24時間、ヘルパーさんの助けがなければ一人で生活できない
  • それでも個人事業主・起業家として働き、社会に価値を提供している
  • 障がい理解を広げる活動をSNSや講演で積極的に行っている
  • 「人に希望を与えられる存在になる」という共通の目標を持っている

彼らの物語は、障がいがあっても、夢を諦めない生き方の素晴らしい実例です。


1. 脊髄性筋萎縮症(SMA)とは?

1-1. 病気の概要

脊髄性筋萎縮症(Spinal Muscular Atrophy = SMA)は、遺伝性の神経・筋疾患です。

主な特徴:

  • 10万人に1人という希少疾患
  • 脊髄の「運動ニューロン」(神経細胞)が減少し、筋肉に命令を伝える機能が低下
  • その結果、筋力が低下・萎縮し、手足や体幹が動かなくなる
  • 特に股関節・肩あたりが影響を受けやすい

1-2. Ⅱ型(中間型)の特徴

青木敬也さんと山﨑真斗さんが患っているのは、SMAのⅡ型(中間型)です。

Ⅱ型の特徴:

  • 生後7〜18ヶ月頃までに発症
  • 座ることはできても、支えなく立つことや歩くことができない
  • 成長に伴って側弯症(背骨の曲がり) や 関節の拘縮(動きにくさ) が生じる
  • 呼吸器のトラブルを伴う場合、重症化のリスクがある

1-3. 治療法

現時点では、筋力を完全に取り戻す根本的な治療法は確立されていません。

しかし、以下のアプローチで「進行を遅らせる」「QOL(生活の質)を高める」ことが目指されています:

  • 遺伝子治療
  • 薬物療法
  • 理学療法・作業療法

1-4. 日常生活への影響

SMAを持つ人たちの多くは:

  • 「歩いた」記憶がない
  • 常に車椅子での生活
  • 食事、トイレ、着替え、入浴など、すべての日常動作に介助が必要
  • 24時間体制でヘルパーさんのサポートが不可欠

それでも、青木さんと山﨑さんは、この現実を受け入れながら「自分にできること」を全力でやってきたのです。


2. 青木敬也さん(28歳):訪問介護会社を設立した起業家

2-1. プロフィール

名前:青木 敬也(あおき たかや)
年齢:28歳(1995年生まれ)
病名:脊髄性筋萎縮症(SMA Ⅱ型)
居住地:東京
事業:訪問介護会社 代表(2025年設立)
活動:講演、大学講義、介護関係の講師、障がい理解の発信
X(旧Twitter):@danbara0124
紹介記事:https://raresnet.com/story32-spinal-muscular-atrophy/

目標:「人に希望を与えられる存在になること」

2-2. 生い立ち:「歩いた」記憶がない人生

青木さんは、生後間もなく、つかまり立ちが限界という状況でした。

年表:

  • 1995年:誕生。つかまり立ちはできるが、母が心配し始める
  • 1996年:自分で歩くことができず、脊髄性筋萎縮症(Ⅱ型)と診断
  • 幼少期〜学生時代:車椅子での生活、周囲との「違い」を自覚
  • 中学時代:側弯症が顕著になり、見た目の違いが強まる。特別支援学校に転入
  • 20歳頃:親の弱りを目の当たりにし、「このままだと施設行き」という危機感
  • 2022年(27歳):一人暮らしを開始
  • 2025年(28歳):訪問介護会社を設立

2-3. 幼少期・学生時代:周囲との「違い」と向き合う

青木さんの記憶には「歩いた」というものがありません。すべて車椅子での生活です。

保育園・学校での経験:

  • 体育の時間にみんなと同じことができない
  • 自分だけ車椅子という状況
  • 周囲の子どもたちと自分が「違う」ことを強く自覚
  • 幼少期には非常に辛い経験だった

中学時代:

  • 成長期による側弯症(背骨の歪み)が発生
  • 見た目も他の人と「違う」という感覚がさらに強まる
  • 特別支援学校に転入し、刺激の少ない環境で過ごす
  • 友達は少なく、「これをやりたい」という夢も抱きにくかった

2-4. 転機:「このままでは施設行き」という危機感

20歳頃、青木さんは親が弱っていく姿を目の当たりにします。

青木さんの言葉:

「このままだと施設に行かなきゃいけないのかな」

ヘルパーさん頼り、施設頼りでは「自分のやりたいこと」ができなくなるという思いが強まりました。

入院経験から「病院や施設の都合で生活が制限される」ことも知っており、自立への気持ちはここから一層深まりました。

2-5. 一人暮らしへの挑戦(2022年)

2022年、青木さんは一人暮らしを開始しました。

もちろん、ヘルパーさんの助けを借りながらですが、自分で起きて、生活を回すという経験を積むことで、「自分でも"何か"できるかもしれない」という自信が少しずつ芽生えました。

2-6. 仕事への挑戦:パソコン資格取得→講師→起業

「私にはできない」という強い劣等感がありました。

しかし、それが逆に「何か変えなきゃ」という原動力になったと青木さんは語ります。

行動:

  1. パソコンを学び、資格を取得
  2. 自分でヘルパーさんを探す:相談支援員を介さず、自ら10社以上の訪問介護会社と契約
  3. たくさんの人とのつながり:そこから4時間の講義を任される機会を得る
  4. 講師としての仕事:ヘルパーさんや福祉関係者とのつながりから実現
  5. 就活の壁:体力的に厳しい場面に直面
  6. 起業の決意:「自分で働きたいときに働けるように、自分で会社を立ち上げよう」

前向きな活動:

  • 福祉の集まりに積極的に参加
  • SNSで友達作り、つながり作り
  • 「会社を手伝うよ」と言ってくれる人も増えた

2-7. 訪問介護会社の設立(2025年)

2025年、青木さんは訪問介護会社を設立しました。

起業の理由:

  • 自分が経験してきた「施設頼み」「誰かに頼らざるを得ない」という立場だからこそ
  • 「人の心」をカバーできるようなサービスを提供したい

反響:

  • 自分と同じような病気や障害を抱える人から「励みになります」という言葉をもらうことが増えた

2-8. 青木さんの伝えたいこと

「人を頼ることの大切さ」と「ちょっとした抵抗の矛盾」を理解してほしい

青木さんの言葉:

障害者として生活していて、他人からかけられる言葉や視線を気にしてしまうのは当然です。
私たちは、傷つきやすい立場にいることもあります。
でも、視野を社会全体に広げてみると、私たちを助けてくれる人もたくさん存在します。
医師、支援者、友だち、家族。そういった人たちとの出会いが希望の源になります。

希望について:

今の私は、希望をもっていないところから起業した経験があります。
人生に「何があるか分からない」ということを知っています。
だからこそ、気持ちが強くなれば体力もつき、体力がつけば前向きになれると信じています。
身体は、心の持ちようで変わることがたくさんあると実感しています。

2-9. 今後の目標

青木さんは「人に希望を与えられる存在」になることを目標に掲げています。

活動内容:

  • 講演
  • 訪問介護
  • 重度訪問介護従業者養成研修
  • 初任者研修の講師

最後のメッセージ:

最初の一歩は誰にとっても大変ですが、その一歩を踏み出すこと、そしてその先を諦めないことが大切だと思っています。

X(旧Twitter)での発信:

  • 「車椅子で生きていると可哀想な人と見られることもあるし、悲しいことを言われることもある。だからといって人生が暗いわけではない。」
  • 「障がいは、知ることから始まる」

3. 山﨑真斗さん(23歳):障がい理解を広げる個人事業主

3-1. プロフィール

名前:山﨑 真斗(やまざき まなと)
年齢:23歳
居住地:愛知県
病名:脊髄性筋萎縮症(SMA)
MBTI:ENFJ
職業:個人事業主(障がい理解を広げる発信活動)
X(旧Twitter):@Manato_200373
TikTok:フォロワー2,000人突破(2026年9月時点)

好きなこと:アニメ、iLiFE!、ヒカルさん
推し:あいす一筋🍨🤍
特技:ビートボックスもどき

目標:

  1. Xフォロワー1万人
  2. 個人事業主で月50万円
  3. 誰かの人生を0.1%変えられる存在になる

3-2. 山﨑さんの日常:「一人では生活できないのに、人生は自分で変えてきた」

山﨑さんのX投稿:

一人では生活できないのに
人生は自分で変えてきた

ご飯を食べること
トイレに行くこと
そんな「当たり前」も俺は1人ではできません

生活するにはたくさんのヘルパーさんの力が必要です

でも、人生を変えるのは自分自身

体はほとんど動かなくても
心と頭は自由に動かせる

だから俺は諦めない

3-3. 一人暮らしへの挑戦

山﨑さんは現在、一人暮らしをしています。

もちろん、24時間体制でヘルパーさんのサポートを受けながらですが、「一人では生活できないのに一人暮らし」という挑戦をしています。

X投稿:

一人では生活できないのに
一人暮らししてる23歳がいるらしい

それ俺です笑

10万人に1人の難病
脊髄性筋萎縮症(SMA)と生きてます

身体はほとんど動かなくて
食事もトイレも全部ヘルパーさんの助けが必要

でも、できることを全力でやってます✌️

3-4. 「自立」の定義

山﨑さんは、「自立」の意味について深く考えています。

X投稿:

「自立」って
1人で何でもできることじゃないと思う

言葉だけだと、誰にも世話かけず、自分一人で暮らしている
なんだろうけど、違うと思う

自立とは、自分にはできない事は、誰かに頼り、力を借りながら
自分の人生を自分で決めて生きること

3-5. 「気持ち悪い」と言われた右手が、人生を変えた

山﨑さんは、自分の右手について語っています。

X投稿:

「気持ち悪い」

そう言われたこの右手が
俺の人生を変えた

時々「変な手だね」って言われることもある

でも俺はこの右手でできることを全力でやってきた

パソコンを打つ
スマホを操作する
発信する

この右手が俺の武器

3-6. SNS発信とビジネス

山﨑さんは、障がい理解を広げる活動を個人事業として展開しています。

活動内容:

  • X(旧Twitter)での発信:障がいに関する理解、自分の日常、前向きなメッセージ
  • TikTok:2026年9月にフォロワー2,000人突破。毎週金曜日と日曜日にライブ配信
  • 動画投稿:障がい理解を広げるコンテンツ

ビジネス目標:

  • 個人事業主として月50万円の収益を目指す
  • ヒカルさんのメンバーシップ配信で名前を出してもらい、モチベーションアップ

X投稿:

ヒカルさんが
メンシプの配信で俺の名前を出してくれた!

めちゃくちゃ嬉しい!!

誰かの役に立ちたい
もっとお金を稼ぎたい

そう思って今の自分にできることを全力でやってる

3-7. 「数字が伸びても、心まで届いたとは限らない」

山﨑さんは、SNSの「数字」だけでなく、本当に人の心に届くことを大切にしています。

X投稿:

数字が伸びても
ちゃんと心まで届いたとは限らない

SNSを続けてると
そんなことをよく感じる

もちろん投稿がたくさん見られるのは嬉しいし
活動してる以上、数字も大事

でも、俺が本当に届けたいのは
誰かの人生を0.1%でも変えられるメッセージ

3-8. 障がいとの向き合い方

山﨑さんは、障がいを「乗り越える」のではなく、「共に生きる」という考え方を持っています。

X投稿:

俺は
障がいに勝つために生きてるわけじゃない

障がいと共に、どう生きるか

乗り越えようとする方は中途障害の方に多いイメージです

人それぞれの性格なので
どちらが良いというものではないですが

3-9. 誰かの役に立ちたい

山﨑さんの根底にあるのは、「誰かの役に立ちたい」という強い思いです。

目標:

誰かの人生を0.1%変えられる存在になる

X投稿:

初めましての人も
いつも見てくれてる人も

気軽に絡んでください♿️🍨


4. 二人の共通点:「障がい理解を広げる」という使命

4-1. 同じ病気、似た経験

青木さんと山﨑さんは、以下の共通点を持っています:

  • 脊髄性筋萎縮症(SMA Ⅱ型)という同じ難病
  • 車椅子での生活、24時間の介助が必要
  • 「歩いた」記憶がない
  • 幼少期から周囲との「違い」を感じてきた
  • 一人暮らしへの挑戦
  • 個人事業主・起業家として働く

4-2. 「人に希望を与える」という共通の目標

青木さん:

人に希望を与えられる存在になる

山﨑さん:

誰かの人生を0.1%変えられる存在になる

二人とも、自分の経験を通じて、誰かの希望や勇気になりたいと考えています。

4-3. SNSと講演を通じた発信

青木さん:

  • X(旧Twitter):@danbara0124
  • 講演、大学講義、介護関係の講師

山﨑さん:

  • X(旧Twitter):@Manato_200373
  • TikTok:フォロワー2,000人、毎週ライブ配信

二人とも、SNSを積極的に活用し、障がい理解を広げる活動をしています。

4-4. 「人を頼ることの大切さ」

青木さん:

人を頼ることの大切さ

山﨑さん:

自立とは、自分にはできない事は、誰かに頼り、力を借りながら
自分の人生を自分で決めて生きること

二人とも、「人を頼ること」を否定せず、それを「自立」の一部として捉えています。


5. 障がい理解を広げるために:私たちができること

5-1. 「知ることから始まる」

青木さんのX投稿:

障がいは、知ることから始まる

私たちができること:

  1. 障がいについて学ぶ:SMAのような難病について、正しい知識を持つ
  2. 当事者の声を聞く:青木さんや山﨑さんのようなSNS発信者をフォローし、日常の声を知る
  3. 偏見をなくす:「可哀想」「気持ち悪い」といった言葉が、どれほど傷つけるかを理解する

5-2. 「支援」ではなく「共生」

障がい者を「支援する対象」として見るのではなく、「共に生きる仲間」として捉えることが大切です。

山﨑さんの言葉:

体はほとんど動かなくても
心と頭は自由に動かせる

障がいがあっても、考え、創造し、価値を提供できるのです。

5-3. バリアフリーとアクセシビリティ

青木さんの活動:

  • 訪問介護会社を通じて、障がい者が「自分らしく生きる」ためのサポートを提供
  • 野球観戦(神宮球場)など、車椅子でも楽しめる環境の重要性を発信

山﨑さんの活動:

  • SNSを通じて、障がい者の日常をオープンに発信
  • 「一人暮らし」「個人事業主」という選択肢を示すことで、障がい者の可能性を広げる

私たちができること:

  • 公共施設・イベントのバリアフリー化を支持する
  • WEBサイトやコンテンツのアクセシビリティを高める
  • 障がい者が参加しやすい社会作りを応援する

5-4. 言葉の大切さ

山﨑さんのX投稿:

「気持ち悪い」
そう言われたこの右手が俺の人生を変えた

時々「変な手だね」って言われることもある

でも俺はこの右手でできることを全力でやってきた

青木さんのX投稿:

車椅子で生きていると可哀想な人と見られることもあるし、悲しいことを言われることもある。
だからといって人生が暗いわけではない。

私たちができること:

  • 「可哀想」「大変ですね」といった同情の言葉を安易に使わない
  • 「すごいですね」「応援しています」といったポジティブな言葉をかける
  • 当事者の気持ちに寄り添い、尊重する

6. フリーランス・個人事業主としての生き方

6-1. なぜ「個人事業主」を選んだのか?

青木さん:

  • 就活で体力的に厳しい場面に直面
  • 「自分で働きたいときに働けるように、自分で会社を立ち上げよう」

山﨑さん:

  • 障がい理解を広げる活動を個人事業として展開
  • 「誰かの役に立ちたい、もっとお金を稼ぎたい」

共通の理由:

  • 企業への就職が体力的・物理的に困難
  • 自分のペースで働ける環境が必要
  • 自分の経験を活かして、社会に価値を提供したい

6-2. フリーランスとしての強み

青木さん:

  • 障がい当事者だからこそ分かる「人の心」
  • 訪問介護会社を通じて、利用者の気持ちに寄り添ったサービスを提供

山﨑さん:

  • SNS発信力:X、TikTokでの影響力
  • ビートボックスもどきという特技
  • 「誰かの人生を0.1%変える」という明確なミッション

6-3. 収益化の方法

青木さん:

  • 訪問介護会社の経営
  • 講演・講義(大学、介護関係の研修など)

山﨑さん:

  • SNS発信(X、TikTok)
  • 将来的には月50万円の収益を目標

6-4. フリーランス・個人事業主を目指す障がい者へのアドバイス

青木さんのメッセージ:

最初の一歩は誰にとっても大変ですが、その一歩を踏み出すこと、そしてその先を諦めないことが大切だと思っています。

山﨑さんのメッセージ:

体はほとんど動かなくても
心と頭は自由に動かせる

だから俺は諦めない

具体的なステップ:

  1. 自分にできることを見つける:パソコン、SNS、デザイン、ライティングなど
  2. 資格を取得する:青木さんはパソコン資格を取得
  3. 人とのつながりを作る:SNS、福祉の集まり、オンラインコミュニティ
  4. 小さく始める:いきなり大きな目標ではなく、まずは小さな一歩から
  5. 諦めない:壁にぶつかっても、その先を諦めない

7. 二人からのメッセージ:未来への希望

7-1. 青木敬也さんからのメッセージ

「希望を持っていないところから起業した」

今の私は、希望をもっていないところから起業した経験があります。
人生に「何があるか分からない」ということを知っています。
だからこそ、気持ちが強くなれば体力もつき、体力がつけば前向きになれると信じています。
身体は、心の持ちようで変わることがたくさんあると実感しています。

「人を頼ることの大切さ」

障害者として生活していて、他人からかけられる言葉や視線を気にしてしまうのは当然です。
私たちは、傷つきやすい立場にいることもあります。
でも、視野を社会全体に広げてみると、私たちを助けてくれる人もたくさん存在します。
医師、支援者、友だち、家族。そういった人たちとの出会いが希望の源になります。

「一歩を踏み出すこと」

最初の一歩は誰にとっても大変ですが、その一歩を踏み出すこと、そしてその先を諦めないことが大切だと思っています。

7-2. 山﨑真斗さんからのメッセージ

「一人では生活できないのに、人生は自分で変えてきた」

一人では生活できないのに
人生は自分で変えてきた

生活するにはたくさんのヘルパーさんの力が必要です

でも、人生を変えるのは自分自身

体はほとんど動かなくても
心と頭は自由に動かせる

だから俺は諦めない

「自立とは」

「自立」って
1人で何でもできることじゃないと思う

自立とは、自分にはできない事は、誰かに頼り、力を借りながら
自分の人生を自分で決めて生きること

「誰かの人生を0.1%変えたい」

誰かの人生を0.1%変えられる存在になる

初めましての人も
いつも見てくれてる人も

気軽に絡んでください♿️🍨


8. まとめ:「障がい」があっても、夢を諦めない

青木敬也さん(28歳)と山﨑真斗さん(23歳)。

二人は、脊髄性筋萎縮症(SMA)という10万人に1人の難病を抱えながら、24時間の介助を受けて生活しています。

一人ではご飯を食べることも、トイレに行くこともできません。

それでも、二人は個人事業主・起業家として働き、社会に価値を提供しています。

青木さんは訪問介護会社を設立し、「人に希望を与えられる存在」を目指しています。

山﨑さんはSNSで障がい理解を広げ、「誰かの人生を0.1%変えられる存在」を目指しています。

二人の物語は、私たちに以下のことを教えてくれます:

  1. 「障がい」があっても、夢を諦める必要はない
  2. 「自立」とは、一人で何でもできることではなく、人を頼りながら自分の人生を決めること
  3. 「人を頼ること」は弱さではなく、強さである
  4. 「障がい理解」は、知ることから始まる
  5. 誰もが、誰かの希望になれる

もしあなたが障がいを持っていて、「自分には何もできない」と思っているなら、青木さんと山﨑さんの言葉を思い出してください。

「体はほとんど動かなくても、心と頭は自由に動かせる」

もしあなたが障がいを持っていなくても、周囲に障がいを持つ人がいるなら、彼らの声に耳を傾けてください。

「障がいは、知ることから始まる」

そして、すべての人が、「誰かの人生を0.1%変えられる存在」になれることを信じてください。


参考リンク

青木敬也さん関連

山﨑真斗さん関連

脊髄性筋萎縮症(SMA)について