長く働けるかどうかは「根性」ではなく「設計」で決まる

「働き続けられる人」と「そうでない人」を分けるのは、意志の強さではありません。 分けるのは次の3つです。

  1. 自分のコンディションを管理する方法を持っているか(自己管理の設計)
  2. 自分の特性に合った環境・制度を選べているか(環境の設計)
  3. 組織に「支える仕組み」があるか(会社の設計)

統合失調症とともに正社員として10年働く斉間健一さんの事例は、この3つがすべて揃ったときに何が起きるかを、具体的に示してくれます。

そしてこの3つは、障害の有無にかかわらず、すべての働く人に必要です。だから本記事は「障害者雇用の話」ではなく、「誰もが働き続けられる会社とは何か」という、より広い問いとして読んでください。


1. 前提:統合失調症とはどんな病気か

事例を正しく理解するために、症状の基礎を押さえます。

統合失調症は、脳の機能の障害によって、思考・知覚・意欲・感情にさまざまな変化が現れる病気です。症状は大きく3つに分類されます。

分類主な症状周囲から見えること
陽性症状(本来ないものが現れる)幻覚(特に幻聴)、妄想(被害妄想・関係妄想)、思考の混乱、興奮独り言、急な不安感、会話が噛み合わない、強い警戒
陰性症状(本来あるものが失われる)意欲の低下、感情の平板化、会話の減少、社会的引きこもり「やる気がない」ように見える、反応が薄い、人付き合いを避ける
認知機能障害注意力・記憶力・段取り(実行機能)の低下指示の飲み込みが遅い、優先順位が立てにくい、ミスが増える

発症年齢は思春期から30代前半が多いとされます。生涯有病率は一般的な資料で約0.7%(100人に1人弱)と示されており、決して珍しい病気ではありません。

治療は、薬物療法(抗精神病薬)を中心に、心理社会的支援やリハビリテーションを組み合わせます。多くの場合、症状と付き合いながら生活を続けることになります。

重要な誤解の訂正:統合失調症は「治らない病気」「危険な病気」ではありません。治療を続けながら、就労・結婚・子育てなど通常の生活を送る人は大勢います。ただし、調子の波があること、服薬と通院が継続的に必要なことが多く、ここへの理解が職場に求められます。


2. 実例:統合失調症とともに、正社員として10年働き続けた斉間健一さん

ここからが本記事の中心です。パーソルグループが公開しているインタビュー(パーソルダイバース 斉間健一さんの事例)をもとに整理します。

2-1. プロフィールと基本情報

項目内容
氏名斉間健一(さいま けんいち)さん
所属パーソルダイバース株式会社(パーソルグループの特例子会社)
部署受託サービス企画推進本部 人財開発部 人財開発グループ 定着支援第1チーム
発症2003年(大学卒業後、金融系企業に新卒入社した直後)
入社2014年
勤続2024年で10年。長期間の休職をせず安定就労を継続
現在の症状通院・服薬は継続。半年に1回ほど、前触れなく突然幻聴が聞こえることがある
その他社内外で研修講師としても活動

注目すべきは、症状が「なくなった」わけではないという点です。幻聴は今もあります。それでも10年働けている。ここに本質があります。

2-2. 発症から再就職までの道のり

  1. 新卒入社直後に発症 上司や研修講師からの指示がバラバラで混乱し、何を信じていいのか分からなくなった。やがて自分の声が頭の中で聞こえるようになった。
  2. 幻聴・意欲の低下が続き、退職 典型的な症状が続き、最終的に退職せざるを得なかった。
  3. 自宅で療養しながらアルバイト 完全に離脱したわけではなく、できる範囲で社会との接点を保った。
  4. 「正社員としてもう一度働きたい」という思い この思いが、次のステップの原動力になった。
  5. 就労移行支援事業所に通う いきなり一般企業に応募するのではなく、訓練と準備の期間を設けた。
  6. 友人からの一言が転機 「障害者手帳を取れば働く選択肢が増えるよ」——この助言で障害者手帳を取得。
  7. 2014年、パーソルダイバースに入社

このプロセスから学べること:

  • 独力ではなく、支援機関・制度・人の助言を経由している
  • 「正社員」という目標を早い段階で言語化していた

2-3. なぜ「正社員」を目指したのか

斉間さんの言葉が非常に明確です。

「一言で言えば『自分で生きていくため』です。(中略)自分がやりたいことのために親にお金を貰うのはちょっと違うかなと思っています。『働いてお金をもらい、そのお金で自分のやりたいことをすることによって、生きている実感や、生きていくための時間を得られるんだ』という考え方があったんですね。」

ここには、働くことの意味を「収入」だけでなく「実存の確認」として捉えている姿勢があります。そして、

「自分にとって生きていくうえで最適な環境や働き方、制度として、いまの会社に障害者雇用で働くことを選びました。」

「最適な環境を、制度を使って選ぶ」——これが、長く働くための最も実践的な知恵です。

2-4. 10年働き続けられた4つのポイント

インタビューで語られた要点は、次の4つに整理できます。

ポイント1:自分に合った体調管理の方法を見つける

「長く働くためには『まずは体調を整えること』が何よりも大事。(中略)私にとって、長期就労のスタート地点は『自分のコンディションと向き合うこと』でした。」

調子が良いと仕事に集中でき、成果が出ると「社会の一員として生きている」実感が湧く。体調 → 集中 → 成果 → 自己効力感 → また体調を整えるという好循環をつくった。逆に言えば、体調管理が崩れると連鎖的にすべてが崩れる。

ポイント2:制度と支援機関を活用する

障害者手帳、障害者雇用、就労移行支援事業所。「自力で頑張る」のではなく「制度を使う」という発想の転換。これは甘えではなく、持続可能性の設計です。

ポイント3:異動と新しい業務に挑戦する

「異動すると業務内容も人間関係も変わりますが、自分の視野が広がります。(中略)『自分はどこでも働けるかもしれない』という自信がつきました。」

同じ場所に留まらないことが、結果的に安定につながるという逆説。ただしこれは、本人の希望と会社の調整があって初めて成立します。

ポイント4:ポジティブに捉え直す

「難しい仕事をお願いされたとき、それを辛いと思うより『これは成長のチャンスだ』と思えるようになると、不思議と気持ちが変わってくる。」

注意したいのは、これは「ポジティブ思考を強要する」話ではないということです。本人が自分を守るための認知の工夫として選んでいる。職場が「前向きに考えろ」と押し付けるのは、まったく別のことです。

斉間さんは最後にこう語っています。

「私でもできたのだから、きっとあなたにもできます。」


3. なぜ「組織で働く」ことが長期就労に有利なのか

3-1. 組織には「緩衝材」がある

個人事業主・フリーランスは、すべてのリスクを自分で受けます。売上の変動、体調不良時の収入停止、顧客とのトラブル、制度手続きのすべて。

組織で働く場合、会社が緩衝材になります。

リスクフリーランス組織で働く場合
体調不良で働けない収入がゼロになる傷病手当金・休職制度・有給休暇
売上が落ちた直接、生活を直撃給与は原則変わらない
苦手な交渉自分でやるしかない上司・法務・専門部署が代行
制度・手続き自分で調べる人事・総務が担う
判断に迷った一人で決める相談相手がいる
障害の開示と配慮交渉が難しい(立場が弱い)合理的配慮の提供が法的義務

最後の行が決定的です。障害者差別解消法の改正により、2024年4月から、民間事業者にも「合理的配慮の提供」が義務化されました(それまでは努力義務)。

つまり、組織で働くほうが、配慮を得る仕組みとしては強い。これは理念ではなく、法制度の設計です。

3-2. 組織は「役割の再設計」ができる

フリーランスは「自分ひとり」で完結させる必要があります。

組織は、役割を分割・調整できます。

  • 繁忙期の業務量を調整する
  • 対人業務の多い職務から、集中型の職務へ異動する
  • 通院日を固定し、スケジュールを組む
  • 指示の出し方を一本化する(斉間さんの発症のきっかけは「指示がバラバラ」だったこと)

斉間さんの発症原因が「上司と研修講師で指示が食い違った」ことだった、という点は重い意味を持ちます。たったひとつの運用の乱れが、人の健康を壊す。逆に言えば、指示系統を整えるだけで防げるということです。

3-3. 「キャリアの複利」が働く

組織では、同じ場所にいながら役割を変えられる。斉間さんは異動を重ね、研修講師という新たな役割も獲得しました。これは、在籍年数が信頼の蓄積になるという組織特有の効果です。

フリーランスは案件ごとに信頼をリセットしがちですが、組織では継続が信用になる。


4. 「誰もが働き続けられる会社」の7つの条件

事例と制度から逆算すると、条件は具体的になります。

条件1:体調を最優先できる文化がある

  • 体調不良を「甘え」と呼ばない
  • 早退・休職を責めない
  • 「まず体調」を明文化する(就業規則・行動指針)

条件2:指示系統が一本化されている

  • 複数の上司から矛盾する指示が出ない仕組み
  • 「この件の担当は誰か」が常に明確
  • 口頭指示を、書面かチャットで残す運用

条件3:業務の分解と再設計ができる

  • 一つの職務を、複数の要素に分けて調整できる
  • 苦手な要素を外し、得意な要素に集中させる
  • 「この仕事しかできない人」をつくらない(本人にも会社にも利点)

条件4:制度を使うことを歓迎する

  • 障害者手帳・傷病手当金・就労定着支援などの利用を不利益に扱わない
  • 人事が制度を把握し、こちらから案内できる状態にある

条件5:開示の範囲を本人が選べる

  • 診断名を全員に伝える必要はない
  • 「必要な配慮」と「必要な情報」だけを共有する設計
  • 開示した情報の管理ルールが明確

条件6:定着支援の仕組みがある

  • 入社後のフォローが「研修」で終わらない
  • 定期的な面談、業務調整、関係者間の橋渡し
  • 斉間さんの所属が「定着支援チーム」であること自体が象徴的

条件7:キャリアの選択肢を用意する

  • 異動・兼務・社内公募などの複線がある
  • 「この仕事を続けるしかない」状態にしない

5. 企業側の実務:何から始めるか

5-1. 制度の全体像

制度内容
障害者雇用率制度一定以上の従業員がいる企業に、障害者の雇用を義務付け。率は段階的に引き上げられており、最新の率は厚生労働省の公表資料で確認が必要
障害者雇用納付金法定雇用率を満たさない場合の納付(多い雇用には調整金・報奨金)
特例子会社親会社の雇用率に算入できる子会社。パーソルダイバースはこの形態
合理的配慮の提供2024年4月から民間事業者にも義務化(過重な負担を除く)
就労移行支援一般就労を目指す人への訓練・支援(障害者総合支援法)
就労定着支援就職後の定着を支える支援。入社後の「離脱」を防ぐ
障害者職業生活相談員職場適応の相談役を選任
精神障害者保健福祉手帳等級に応じた税制・交通などの優遇。雇用法制の前提にもなる

5-2. 合理的配慮の具体例(精神障害)

「配慮」と聞くと大掛かりに思えますが、実際は運用の工夫が中心です。

  • 通院日・服薬時間の確保(休憩の分割、シフト調整)
  • 指示を書面・チャットで残す(口頭のみにしない)
  • 急な変更を避ける、変更時は理由と見通しを伝える
  • 業務量の平準化、締切の前倒し設定
  • 静かな席への配置、イヤホン・パーティションの許可
  • 面談頻度を上げる(週1回15分など)
  • 担当業務を絞り、優先順位を明示する

重要な原則:配慮は「特別扱い」ではなく、同じ成果を出せる条件を整えることです。段差にスロープを付けるのと同じ発想です。

5-3. 導入の順序(現実的なステップ)

  1. 現状把握:休職・離職の実態、原因の分類(人間関係/業務量/指示の混乱)
  2. 小さく試す:1チームで「指示の書面化」「週次15分面談」を3か月試行
  3. 型にする:うまくいった運用をテンプレート化し、全社に展開
  4. 制度と接続:就労定着支援、障害者職業生活相談員、外部専門家(精神保健福祉士・産業医)
  5. 測定する:定着率、休職率、復職率、本人の主観的ウェルビーイング

注意:障害者雇用は「数合わせ」になると必ず失敗します。職務の切り出し(ジョブ・カーブアウト)を先に設計することが成否を分けます。


6. 当事者側:長く働くための準備

斉間さんの事例から、実践可能な形に落とします。

6-1. 発症・不調時のステップ

  1. 無理をしない:早めに医療機関へ。我慢は悪化させる
  2. 記録する:症状、睡眠、服薬、仕事の負荷をメモ(パターンが見える)
  3. 環境を変える:業務量・指示の出し方・席・時間を調整する
  4. 制度を使う:傷病手当金、休職制度、障害者手帳、就労移行支援
  5. 相談先を持つ:主治医、支援員、人事、産業医。一人にしない

6-2. 就職活動の現実的な順序

  1. 主治医に「働ける状態か」を確認(診断書・意見書)
  2. 障害者手帳の取得を検討(取得が不利益になることは原則ない)
  3. 就労移行支援事業所で訓練(模擬業務・通所リズムの確立)
  4. 障害者雇用(特例子会社・一般企業の障害者枠)で応募
  5. 入社後は定着支援を必ず使う

6-3. 「自分に合う環境」を言語化する

面接・面談で伝えるべきは、診断名ではなく具体的な条件です。

  • 指示は書面が助かる/口頭のみは混乱しやすい
  • 急な変更が苦手。見通しがあると助かる
  • 通院のため○曜日の午前は外したい
  • 静かな環境のほうが集中できる
  • 一度に複数の案件を並行するのは負荷が高い

「配慮してほしいこと」を具体的に言える人が、結果的に長く働けます。 これはわがままではなく、双方のコストを下げる情報提供です。


7. フリーランスという選択肢との比較

「組織で働くべき」と書きましたが、フリーランスが劣っているわけではありません。条件次第です。

観点組織で働くフリーランス
収入の安定高い変動が大きい
体調不良時の保障傷病手当金・休職制度自分で備える(傷病手当金は原則対象外)
配慮を得る力法的義務として請求できる交渉力が弱い。取引终止リスク
裁量・自由度制約がある高い
人間関係の負荷逃げられない選べる
成長の形役割の変化・異動案件の幅・単価
向く人安定と制度を優先したい自己管理と営業ができる

判断の軸:「体調に波があるか」「制度の支えが必要か」。この2つに「はい」なら、組織(特に障害者雇用・特例子会社)のほうが合理的です。逆に、自己管理ができ、営業力があり、環境を自分で設計できるなら、フリーランスは強い選択肢になります。

誤りやすい判断:「組織が合わないから独立する」。合わない原因が環境なら独立で解決しますが、自分の前提不足(報連相・人間関係・自己管理)なら、独立後に増幅します。


8. よくある質問(FAQ)

Q. 統合失調症でも正社員になれますか?

 A. なれます。斉間さんは正社員として入社し、10年以上勤務しています。ポイントは、治療の継続+支援機関の活用+自分に合う環境の選択です。

Q. 障害を会社に伝える必要はありますか?

 A. 配慮を受けるには伝える必要がありますが、診断名まで伝える義務はありません。「必要な配慮」と「業務に必要な情報」に絞って共有するのが現実的です。

Q. 障害者手帳を取ると、不利になりませんか? 

A. 障害者雇用枠での応募が可能になり、選択肢は増えます。一方、一般枠での応募を希望する場合は、求める要件を確認してください。

Q. 幻聴があっても働けますか?

 A. 働けます。斉間さんも半年に1回ほど幻聴がある状態で10年勤務しています。症状の有無より、対処法を持っているか、周囲が理解しているかが重要です。

Q. 会社側は何から始めればいいですか?

 A. 指示の書面化と週1回15分の面談から。どちらもコストが低く、効果が大きい。そのうえで、就労定着支援や産業医など外部資源と接続します。

Q. 法定雇用率は今後どうなりますか?

 A. 段階的に引き上げられる方針が示されています。具体的な率と施行時期は改正のたびに変わるため、厚生労働省の最新公表資料で確認してください。


9. まとめ:働き続けられる会社は、特別な会社ではない

  • 統合失調症は、幻覚・妄想・意欲低下・認知機能の変化が現れる病気。100人に1人弱が経験するとされ、治療しながら働く人は多い。
  • 斉間さんは正社員入社、10年以上勤務。幻聴は今もある。
  • 長く働けた理由は4つ。体調管理・制度活用・挑戦・捉え直し。
  • 組織で働くことの本質的な強みは、リスクの緩衝材と、法的に裏付けられた配慮。
  • 「誰もが働き続けられる会社」の条件は、指示の一本化・業務の再設計・制度の活用・開示の選択・定着支援・複線のキャリア。
  • 当事者側は、「配慮してほしいこと」を具体的に言語化することが最大の防御。

誰もが働き続けられる会社は、特別なことをしている会社ではありません。指示を整え、体調を優先し、役割を調整する——当たり前の運用を、仕組みとして続けている会社です。

そしてその仕組みは、障害のある人だけでなく、介護中の人、子育て中の人、病気から回復途中の人、そしてすべての働く人を支えます。誰かのための配慮は、全員のための安全網になります。

 

他リンク

 

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