私の母は難病を抱えています。
そして私自身も身体障害があり、食道皮膚瘻とともに生活しています。

こう書くと、どうしても「大変そう」「苦労が多そう」と受け取られることがあります。
もちろん、簡単な毎日ではありません。
体調管理にも気を使いますし、先のことを慎重に考えなければならない場面も少なくありません。

ただ、私が伝えたいのは、そこだけではありません。

私は母と助け合いながら生活しています。
そしてその日々は、ただ耐えているだけの暮らしではなく、現実を受け止めながら、きちんと生活を守り、人生を前に進めている時間でもあります。


支え合うことは、弱さではなく生活力だと思っている

世の中には、何でも一人でこなせることが強さだ、という空気があります。
ですが実際には、人は誰かと関わり、支え合いながら生きていくものです。

私たち親子も同じです。
母には母の体調があり、私には私の身体があります。

お互いの状況を理解しながら、暮らしを一緒に整えていく。
私にとって支え合うことは、弱さではなく、むしろ大人としての生活力だと思っています。


制限があるからこそ、生活を丁寧に組み立てるようになった

日々を雑に扱わなくなりました。

感情だけで動かず、現実的に判断する。
自分だけでなく、母の状態も見ながら、家の中全体を回していく。
そうした日常の積み重ねは、私にとって大きな経験になっています。


「普通」ではなくても、きちんとした暮らしはつくれる

私は、世間がイメージする“普通の暮らし”の中にいるわけではないかもしれません。
でも、だからといって人生の質まで下がるとは思っていません。

病気や障害があることと、人としての価値は別です。
手助けが必要な場面があることと、責任感がないことも別です。
静かに生活していることと、何も築いていないことも違います。

むしろ私は、今の暮らしの中で、
人に頼ることの大切さ
無理を見極める判断力
毎日を維持する力
を、以前よりずっと深く理解するようになりました。

華やかさはないかもしれません。
けれど、足元を整えながら生活を続ける力は、決して小さなものではありません。


母と過ごす毎日は、私に落ち着きと責任感を与えてくれた

母と一緒に生活していると、自然と“自分のことだけ”では生きられません。
相手の体調、家の空気、日々の小さな変化に目が向きます。

その積み重ねの中で、私は以前よりも、

  • 落ち着いて考えること
  • 感情だけで判断しないこと
  • 相手の立場を想像すること
  • その場しのぎではなく、継続できる形を考えること
    を大事にするようになりました。

これは仕事にも、人間関係にも通じる力だと思っています。

表面的な勢いよりも、着実さ。
一時的な無理よりも、継続できる安定。
自分本位ではなく、相手や環境を見ながら進める姿勢。

母との暮らしの中で培われたこうした感覚は、私にとって大きな財産です。


困難を抱えていることより、どう向き合っているかのほうが大事だと思う

人生には、それぞれ事情があります。
見えやすいものもあれば、外からは分かりにくいものもあります。

私にも、母にも、簡単ではない現実があります。
ですが、私はその現実を必要以上に悲劇として語りたいわけではありません。

大事なのは、「大変な状況にある」という事実そのものより、
その状況の中でどう生活し、どう人と向き合い、どう自分を保っているかだと思っています。

私は母と支え合いながら暮らしています。
自分自身の身体とも向き合いながら、日々を整えています。
派手ではなくても、毎日をきちんと積み重ねています。

それは胸を張っていいことだと思っています。


私は、今ある条件の中で人生を前向きに築いていきたい

私の母は難病を抱えています。
私自身も身体障害があり、食道皮膚瘻とともに生活しています。
この事実は変わりません。

けれど、変わらない事実があるからこそ、
その中でどう生きるかは、自分で決めたいと思っています。

私は、母と助け合いながら生活しています。
目の前の現実から逃げず、できることをきちんと積み重ねています。
大きなことを誇るつもりはありませんが、生活を守り、人としての落ち着きと責任を持って生きていることには、自信を持っています。

与えられた条件が理想的でなくても、
人生の姿勢まで後ろ向きにする必要はありません。

私はこれからも、
母と支え合いながら、自分の人生を前向きに築いていきたい
と思っています。